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石玉社員によるブログ

2019年2月10日 日曜日

石玉石材のルーツ 瀬戸市上半田川町

こんにちは。
ここ最近寒い日が続いて体には非常にこたえますが、体には十分気をつけて過ごしてくださいね。

さて先日私は時間ができたので瀬戸市上半田川町に散策をしに出かけました。
上半田川町は多治見市から瀬戸市に入ってちょっとのところにある静かな田舎町です。

なぜ上半田川町に行ったかというと、上半田川町は石玉石材の創業者である水野玉助の出身地だからです。

私は仕事やます釣りで数回上半田川町には行ったことがありましたが、しっかりと町を見たことはありませんでした。
弊社の創業者でわが家の初代でもある玉助さんの出身でありながら、それをあまり意識せずに町に来ていました。

ここ最近ちょうど父(社長)と玉助さんの生まれた場所についてのお話をしたのと、
お客様で上半田川町出身の方がいらっしゃり、上半田川町の話や生まれ、ルーツの話をしました。

そうしたことがあり非常に上半田川町に行きたくなったので、この度仕事が休みの日に行って来ました。




写真でもあるように上半田川町は非常に静かな田舎です。
瀬戸市でも街から外れているので、車の量も少なく、とても落ち着く場所です。

開発がされていない場所なのでひょっとしたら玉助さんが見て育った景色と同じなのかもしれません。


町を散策しているとお寺が1件あります。名前は吉祥寺といい、曹洞宗のお寺です。
お寺から少し外れたところに歴代住職のお墓がありました。一番最近の方のお墓に「9世」と書いてありましたので、歴史のあるお寺に思いました。

おそらくもともと水野家の菩提寺もこちらのお寺だったのだと思います。


それからまた散策を続けると神社がありました。金峯神社という神社です。




上半田川町全体で大切に守られている神社だと思われますが、境内が広く、本殿はたくさんの階段を上がっていった先にある立派な神社です。
木々が生い茂り、静かな佇まいは上半田川町の中でも少し雰囲気が異なるように感じます。



ふと鳥居から左に向くと、石で作った立派な碑がありました。
陶祖の碑と忠魂碑です。
石屋をしておるので、このような立派な石を見ると目が行ってしまいます(笑)

それぞれ3メートルほどあるでしょうか。立派な碑です。
近づいて見に行き彫ってある字を読むと、
陶祖の碑にはどのようにしてこの地域で陶器の製作が始まったか、
忠魂碑にはこの地域で戦争に行かれて亡くなった方の名前が刻んでありました。

そして碑の裏側を見ると




石碑の製作者として玉助さんの名前や「石玉」という字が彫ってありました!!!
まさかこの石碑が玉助さんが建てたもので、玉助さんの字が彫ってあるとは思わなかったので、非常に驚きました!!!

多治見市で石屋をしていても、玉助さんがこの町の出身だからということでお仕事をいただいたのでしょか。。

いずれにしても石玉石材、水野家のルーツを探しに来て、その地に初代の名前が彫刻してあることは非常に感動的なことです。
初代は生まれの上半田川町でも石屋として後世にまで残る立派な仕事をしてくれていました。


よく見ると神社の鳥居や鳥居の前にある石柱を見ても玉助さんの名前が刻んであるのに気が付きました。






石玉石材店を引き継いでいくものとして、先祖が残した功績を知れてとても嬉しく思いましたし、誇りを感じました!



この後、神社をお参りしてにさらに上半田川町を続けて散策し、帰宅しました。

上半田川では昔からの付き合いもあって、今でもお墓の工事などをさせていただくことがあります。
玉助さんからの縁が今でも続いております。

ルーツを探しに上半田川町に来て、はっきりとその跡を見ることが出来て非常に幸せに感じました。
石屋という後世まで残る仕事をやらせていただいているからこそ今回のような体験ができたのだと思います。


そしてこれからも玉助さんが始めたこの仕事を大切に守っていかなければならないと自覚しましたし、
また時間を作って自分のルーツについて更に深く調べていきたいと思いました!




上半田川町内にある梅畑です。
こちらが以前玉助の生家があった場所といわれております。

投稿者 有限会社石玉石材 | 記事URL | コメント(0)